≪御祭神≫
[高橋宮]
・高橋大神(たかはしおほかみ) [速瓶玉神の御子]
[火 宮]
・火宮大神(ひのみやおほかみ) [速瓶玉神の御子]
≪配祀≫
・雨宮媛命(あめみやひめのみこと)[速瓶玉神の御妃神]
・御妃神二座
・御親族神十六座
阿蘇山の北部に位置する小国町、その中心にある宮原地区の小国小学校と小国中学校の前の川を挟んだ北側に鎮座しています。
「小国両神社」とも呼ばれます。
高橋大神・火宮大神はともに阿蘇神社の御祭神 健磐竜命(たけいはたつのみこと)の子 速瓶玉命(はやみかたまのみこと)の子で、父祖阿蘇大神(健磐竜命)より小国郷開拓の命を受け、農耕を起こし、衆庶に衣食住や殖産興業等の生活根源を教え、郷土開発先駆の多大な功績を残されたと伝わります。
この御聖徳と御功業を敬仰し、第16代仁徳天皇の御代に「高橋大神」がお祀りされ、第18代反正天皇の御代に「火宮大神」がお祀りされました。
これより「両神社」(りょうじんじゃ)の御社名が始まったと伝わります。
また、『国郡一統志・肥後国誌補遺』には、高橋大神は仁徳天皇の代に里人の女に神託があってお祀りされ、火宮大神は、反正天皇の代に高橋神人の女に「我ハ是地獄田ノ霊気ナリ高橋大明神ト−躰分身タリ、宜ク並祀ルヘシ」と託宣がありお祀りされたと記されているそうです。
拝殿
御本殿
楼門・御神木
境内右側
境内社入口 【多賀社】(お多賀様)
≪御祭神≫・伊邪那岐神(いざなぎのかみ)
・伊邪那美神(いざなみのかみ)
【祇園社】(おぎをん様)
≪御祭神≫・素盞嗚尊(すさのをのみこと)
・奇稲田媛命(くしいなだひめのみこと)
【天神社】(お天神様)
≪御祭神≫・菅原道真命(すがわらのみちざねのみこと)【天満天神】
横参道
両神社と富くじ
江戸時代の文政元年(西暦1一八一八年)より両神社で「富くじ」を行うことが許された。
この頃、宮原上町(現在の一番街)で造り酒屋を営む湊屋橋本順左衛門は、毎朝早起きして井川(現在のけやき水源)で手を洗い身を清め太古から湧き出る水を祀る水神様に自然の恵みを感謝した。そして小国郷の氏神である両神社へ参拝し、天下の太平と商売繁盛を祈ることを日々の勤めとしていた。
ある日の朝方、湊屋順左衛門は、けやき水源に小さな舟が流に逆らい入る夢を見た。湊に舟が入ることを吉兆と感じた、順左衛門は「富くじ」を買い、見事に大乙〔一番くじ〕を当てた。
湊屋順左衛門の正夢の話を聞いた郷内城尾村市郎右衛門は、毎朝、一里の道をけやき水源に通い水神様と両神社に「一番くじ」を願って祈り続け心願成就し、両神社富くじと久住宮富くじに四回大乙〔一番くじ〕を当てたのである。
このことから、両神社の高橋宮・火宮の二祭神は「千両・万両の神様」と呼ばれるようになった。
その後富くじは年毎に盛んになり、嘉永より安政年間までの十年間に七十六回も行われたと古文書に記載されている。
明治維新となり、両神社の富くじは無くなったが、今も祈願者に開運招福を授けて下さるのである。
平成十五年十二月 小国町商工会(境内案内板より)
【宮原両神社】
熊本県阿蘇郡小国町宮原1670⇒[ Googleマップ ]
TEL:0967-46-2649
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