≪主祭神≫
・保食大神(うけもちのおほかみ)
・猿田彦大神(さるたひこおほかみ)
・大宮女命(おほみやのめのみこと)
≪配祀≫
・菅原神(すがわらのかみ)
・高龗神(たかをかみのかみ)
「狐頭(こうとう)様」と通称される九州三大稲荷の一つ。
「扇森稲荷神社」は、元和2年(1616年)、岡藩主中川内膳正久盛公が、徳川家康公に拝謁のため、江戸に上る際、箱根にて不思議な妖化に迎えられ敵の危機を逃れたので、日頃信仰している伏見稲荷大神の霊験による御加護と思い、岡城に帰られた後、社殿を創建され、伏見稲荷神社大神の御神霊を勧請し、「稲荷神社」と称したのがはじまりだそうです。
また、近隣には古墳時代(5世紀末)の古墳(扇森山横穴墓と稲荷山横穴墓) が発掘されているそうです。
JR竹田駅から南西2.5kmのところに鎮座しており、竹田市内から国道57号線を阿蘇方面に走っていると、右手に大きな鳥居が見えてきます。
その鳥居をくぐって進んで行くと、二ノ鳥居が見えてきます。
鳥居
登っていくと、ふたつの参道があります。
左の鳥居 右の鳥居
扇森神社の社号が生まれた場所
左手の奉納鳥居をくぐって行くとあります。
天保年間(1830〜1843年)、岡藩第12代藩主中川久昭公が江戸の館に滞在中、一夜枕辺に稲荷狐頭源大夫と名乗る神霊現れ、「明日の(江戸城への)御登城は危険なので御用心されるように」と告げて姿は消えました。近臣辻平馬もその枕神にお告げを受けており、登城の途中、実際に暴漢に襲われましたがこの夢告により難を逃れることができた為、久昭公は稲荷様の御神徳に謝して社殿を新たに寄進し、「扇の森」との社号を奉納した事から『扇森稲荷神社』と称するようになったといいます。
社殿は蔓延元年、明治16年(1883年)4月に火災により焼失しましたが、明治18年(1885年)5月に復興。
現在の申殿、拝殿は昭和34年造営されたものだそうです。
社殿
御本殿
白狐の御穴
境内には、稲荷大神のお使いの白狐の霊魂が棲んでるいるといわれる御穴もあります。
【扇森稲荷神社】:大分県竹田市大字拝田原811⇒[ Googleマップ ]
竹田・九重・久住・長湯のホテル・宿予約は≪じゃらん≫
竹田・九重・久住・長湯を満喫!おすすめプラン満載♪
【楽天トラベル】大分のホテル予約はこちら
ホテル・宿予約なら「楽天トラベル」♪ 大分を満喫しよう!