≪御祭神≫
・應神天皇(おうじんてんのう)【品陀和氣命(ほむだわけのみこと)】
・神功皇后(じんぐうこうごう)【息長帶比賣命(おきながたらしひめのみこと)】
・玉依姫命(たまよりひめのみこと)
・住吉三柱大神(すみよしみはしらのおほかみ)
┗底箇之男神(そこつつのをのかみ)
┗中箇之男神(なかつつのをのかみ)
┗上箇之男神(うはつつのをのかみ)
・伊弉諾尊(いざなぎのみこと) 【伊邪那岐大神】
JR香椎線「宇美駅」の西北西約400mの、68号線沿いに鎮座しています。
神功皇后(じんぐうこうごう)は、第14代 仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の妃で、仲哀天皇が崩御された後、身重の体で軍を率いて新羅に出兵(親征)されて帰還された後、この地蚊田に産殿を設けて、應神天皇を御産みになられたと伝わります。
そのことから蚊田(かだ)の地を「宇美」(うみ)と称するようになったと『古事記』などには記されています。
號其御子生地謂宇美也。
〜その御子(みこ)の生(うま)れし地(ところ)を號(なづ)けて宇美(うみ)と謂(い)ふ。〜
(『古事記』より)
宇美八幡宮の創建については、宇美八幡別当71世・留守良勝が承応元年(1652年)に記した『留守良勝伝子孫書』によれば、敏達天皇3年(574年)に筑紫の蚊田(かだ)の村にはじめて社を建てたと記されているそうです。
戦国時代の天正年間、兵火により社殿などを全焼し、さらに九州出兵で下向した豊臣秀吉によって祭田を没収され衰微していましたが、江戸時代に入り、福岡藩主黒田氏によって再建されたそうです。
古くから、安産・育児の神として、人々に信仰されています。
鳥居
狛犬
神門
拝殿
神額「聖母宮」 御本殿
「産湯の水」
福岡県重要文化財指定
境内の左奥(北隅)にあり、應神天皇御降誕の時、此の水を産湯に用給ひしと伝わります。
妊婦の方が拝受して安産を祈り、また産湯に和して産児の成長を祈るといいます。
また、「産湯の水」標示石の揮毫者は、元内閣総理大臣 広田弘毅(ひろた こうき) 年齢13歳時の書だそうです。
【聖母宮】(しょうもぐう)
≪御祭神≫
・神功皇后(じんぐうこうごう) [八幡宮の御母神]
御本殿右奥に神功皇后の別宮として鎮座されています。
この社殿の中には、室町時代の作と推定される神功皇后の神像(福岡県有形民俗文化財)が納められていて、25年に一度開帳されるそうです。
「聖母宮」の左手に鎮座するのは境内社の「恵比須社」。その左に「武内社」も鎮座しています。
【湯方社】(ゆのかたのやしろ)
≪御祭神≫
・湯方殿(ゆのかたどの)【湯方大神】[日本助産婦の祖神]
御本殿左奥に鎮座されています。
應神天皇御降誕の際、産婆の役として御功績により、敏達天皇(びだつてんのう)の御世、本宮御創建の時にお祀りされたと伝えられています。
この湯方社の傍らには、「子安の石」(こやすのいし)がたくさん奉納されています。
安産祈願を終えて、“お産の鎮め”としてこの石を預かって持ち帰り、目出度く御出産の際には、別の新しい石にお子様の性別・名前等を書いて、健やかなる成長を願い、安産御礼(初宮詣)の御祈願にてお祓いの後に、預かった石と共に新しい石を添えてお返しをするのが、古くからの慣しとなっているそうです。
御神木「子安の木」
神功皇后が應神天皇を御出産なされる際、この槐(えんじゅ)の枝を折りてこれに取りすがらせ給うと伝わります。
その枝を地にさすと次第に生い茂れりとあり、その当時の木は時代とともに代りましたが、その種子は絶えず芽生え今日に及ぶといいます。
また、『筑前国続風土記』にも、「皇后御産の時、産の宮の槐に取りすがりて、応神天皇を生み給いけると、慈鎮和尚の愚菅抄に見えたり。さればにや、此神社の側に今もこの槐の木有りて、壇を築、めぐりに垣ゆいまわせり。是皇后の執すがらせ拾いし木の実をうへ伝えたりと云う。国俗には此木を子安の木と称して臨産の婦人是を取用いて平産をもとむ。」と記されています。
「湯蓋の森」(樟)
国指定天然記念物
社殿の右側にあり、樹齢約2千年以上と推定されています。
御降誕の時、この樟樹の下にて産湯を仕え奉り、その枝葉が茂って湯槽の上を覆ったことにより名づけられたといいます。
「衣掛の森」(樟)
国指定天然記念物
社殿の左側にあり、樹齢約2千年以上と推定されています。
應神天皇御降誕の時、この樟樹に御衣を掛けられたことに由来するそうです。
前回の記事はこちら⇒2010年01月14日 福岡神社巡り2日目〜E【宇美八幡宮】
【宇美八幡宮】:福岡県糟屋郡宇美町宇美1丁目1−1⇒[ Googleマップ ]
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