2010年10月29日

【宮地嶽神社】(福岡県福津市)

福岡県福津市、標高180mの宮地嶽の中腹に鎮座する【宮地嶽神社(みやじだけじんじゃ)】

宮地嶽神社.JPG

≪御祭神≫
 ・息長足比賣命(おきながたらしひめのみこと) 【神功皇后(じんぐうこうごう)
 ・勝村大神(かつむらのおほかみ) 【藤之高麿(ふじのたかまろ)
 ・勝頼大神(かつよりのおほかみ) 【藤之助麿(ふじのすけまろ)

もと宗像大社の摂社で、全国に鎮座する宮地嶽神社の総本宮になります。

ご創建は、約1800年前と伝えられ、息長足比賣命(おきながたらしひめのみこと/神功皇后)が渡韓の折に、この地に暫く御滞在になり、宮地嶽山頂より大海原を臨みて祭壇を設け、天神地祇(てんじんちぎ)を祀り、「天命を奉じてかの地に渡らん。希くば開運をた垂れ給え」と祈願され新羅征伐の御船出をなされました。
このことから「宮地」と呼ばれ、背後の山を「宮地嶽」と称し、これが社名となったそうです。

その後、神功皇后のご功績をたたえ主祭神として奉斎し、随従の勝村大神・勝頼大神を併せ、「宮地嶽三柱大神みやじだけみはしらおほかみ)」としてお祀りしました。
以来、宮地嶽三柱大神のご加護のもとで事に当たれば、どのような願いもかなうとして“何事にも打ち勝つ開運の神”として多くの方に信仰されるようになったそうです。

参道階段を登って左手にある石鳥居
鳥居.JPG

鳥居の後ろに山が「宮地岳(嶽)」
山頂には、宮地嶽神社の「古社」があり、約1800年前に神功皇后が新羅との戦いに向かう際、山頂に祭壇を設け天神地祇を奉り、戦勝祈願をされたという地です。


御神門
神門.JPG

前回来た時と違って、何か違うと思ったら、屋根の色も変わって綺麗になっていましたぴかぴか(新しい)

神門 (3).JPG



神門より
神門より.JPG

社殿の屋根も修復されていて、西陽の暖かい色により、優しくて力強い色に輝いておりましたぴかぴか(新しい)

日本一の大注連縄
大注連縄.JPG
直径2.5メートル、長さ13.5メートル、重さ5トンの日本一の大注連縄

shimenawa.JPG 3年に1度掛け替えられる大注連縄は、
 約2反の御神田に、昔ながらの稲を
 生育させ、丹精込めたワラにてなわ
 れるそうで、稲の発芽から注連縄の
 掛け替えまで、すべて宮地嶽神社に
 縁の深い方々による奉納だそうです。



御本殿
御本殿.JPG
  修復されて屋根が黄金色にぴかぴか(新しい)
御本殿 (2).JPG



御本殿に向って左奥に鎮座する【六社神社】(左)と、「御神水」(右)
【菅原神社・龗神社】【五穀神社・宗像神社】【愛宕神社・綿積神社】.JPG 御神水.JPG
(菅原神社・龗神社・五穀神社・宗像神社・愛宕神社・綿積神社)


御本殿に向かって右奥に鎮座する【須賀神社
須佐神社.JPG
≪御祭神≫
 ・須佐之男命(すさのをのみこと)
 他柱

日本一の「大太鼓」
大太鼓.JPG
直径2.2m

神門に向って右手にある大太鼓。
今はこの太鼓より大きな太鼓があるそうですが、この太鼓は全て国内より調達した材料により製作されていて、左右の鼓面には和牛の皮を太鼓用になめしたもので、今日の国産和牛では入手できないサイズの皮で調製されているそうです。

日本一の「銅製の大鈴」
大鈴 (2).JPG
重さ約450k

大太鼓から参道を挟んだ所にある銅製の大鈴。
篤信の方のご奉納によるものだそうです(^^)


さて、この大太鼓と大鈴の間を通り、ご本殿の裏手に向うと、宮地嶽神社の「奥之宮八社」があります。

空と鳥居.JPG

社殿と開運殿の間から見える奥之宮八社の鳥居↑↑です(^^)


宮地嶽神社は、中央の御本殿と、奥之宮八社を合わせてお参りすることにより、【宮地嶽神社】にお参りしたことになるといいます。

また、昔からこの奥之宮八社をひとつひとつまわれば、大願が叶うと言われているそうですので、ぜひ、奥之宮八社も一緒に参拝されてください(^^)

でも、お願いするだけして、自分で何もせず神様まかせにしてるだけでは、神様もお力をかしてくださるわけはありません。
不平不満を言わず、つねに感謝の心を忘れず、真剣な思いと真剣に頑張ってる方には、必ずお力をかして下さることと思います(^人^)


奥之宮八社 一番社 【七福神社
七福神社.JPG
≪御祭神≫
 ・恵比寿(えびす)大黒天(だいこくてん)毘沙門天(びしゃもんてん)
 ・弁財天(べんざいてん)福禄寿(ふくろくじゅ)寿老人(じゅろうじん)布袋(ほてい)


奥之宮八社 二番社 【稲荷神社
稲荷神社.JPG

稲荷神社・御本殿.JPG稲荷神社.JPG
≪御祭神≫
 ・宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)
宇迦之御魂神は、五穀をはじめとする食物の神。
又病気平癒などの生命の根源の神でもあります。



奥之宮八社 三番社 【不動神社
不動神社.JPG

宮地嶽横穴式古墳と不動神社.JPG不動神社.JPG ≪御祭神≫
 ・不動明王(ふどうみょうおう)
【アチャラ・ナータ・ヴィドゥヤー・ラージャ】

九州最大規模を誇るこの横穴式石屋古墳の中に「不動明王」がお祀りされています。

この「宮地嶽横穴式石屋古墳」は、寛保元年(1741年)宮地嶽の山崩れにより初めてその口をあけ、村人達や修験道者達はこの古墳の全容のあまりの見事さに畏敬驚愕し、延享4年(1747年)この石屋内に不動尊をお祀りしました。
1つの石の高さ幅とも約5m、奥行き数mにも及ぶ巨石八つで左右を囲み、その全長約23mというこの巨石古墳からは、三百数十点の宝物が出土し、そのうち十数点は重要国宝に指定されています。
(−宮地嶽横穴式石室古墳と不動神社−案内板より)



奥之宮八社 四番社 【万地蔵尊
万地蔵尊.JPG
≪御祭神≫
 ・地蔵菩薩(じぞうぼさつ) 【クシティ・ガルバ・ボーディ・サットヴァ】
地蔵菩薩(クシティ・ガルバ・ボーディ・サットヴァ)さまは、とくに「子供達の守り神」として信仰されています。



奥之宮八社 五番社 【粟島神社】・六番社 【濡髪大明神
【粟島神社】 【濡髪大明神】.JPG
【粟島神社】
≪御祭神≫
 ・少那彦名神(すくなひこなのかみ)
医薬の神として古くより婦人病を初め諸々の病気に霊験があると云われています。
国土経営の神。医薬の神。酒の神。

【濡髪大明神】
≪御祭神≫
 ・濡髪童子(白狐)[知恩院の守護神]
京都の浄土宗の総本山・知恩院内の濡髪大明神からの分院。
“縁結び”の御神徳があるといわれますが、これは「濡髪」というの名のため、いつの頃からか祇園の舞妓さんや芸妓さん、水商売の人たちから「濡髪大明神」は、“濡れ場”を司る神→縁結びの神様といわれるようになり信仰されるようになったそうです。


陰陽石
陰陽石.JPG



奥之宮八社 七番社 【三宝荒神
三宝荒神.JPG
≪御祭神≫
 ・三寶荒神(さんぽうこうじん)
竈(かまど)の守り神。
台所や食べ物・調理の神様として信仰されています。



水神社】・【地蔵尊
水神社・地蔵尊.JPG
【水神社】
≪御祭神≫
 ・彌都波能売神(みつはのめのかみ)
私たち人間にとって欠かせない命の源の「水」(水の出始め)の神。
灌漑の引き水の神。水の精の神。

【地蔵尊】
≪御祭神≫
 ・地蔵菩薩(じぞうぼさつ) 【クシティ・ガルバ・ボーディ・サットヴァ】


奥之宮八社 八番社 【薬師神社
薬師神社.JPG
≪御祭神≫
 ・薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい) 【バイシャジャ・グル・タタ−ガタ】
修験者が宮地嶽の山中にて修行を行う際に、病気や怪我が無いようにとお薬師さま(バイシャジャ・グル・タタ−ガタ)をおまつりしたのが始まりとされているそうです。
あらゆる病難から救う神様として信仰されています。



また、宮地嶽神社のホームページでは、五番社【粟島神社】と六番社【濡髪大明神】を合わせて「五番社【恋の宮】」とし、水神社を「七番社【水神社】」とし加えられていました(^人^)
「八」とは、数が多いことを表したりもしますので、奥之宮八社はたくさんの神の社という意味かもしれませんね(^人^)


ヤシと鳥居とカップル.JPG



表参道の階段を登った鳥居の手前から見おろす宮地浜海岸に続く1.5kmの参道
参道.JPG

秋の大祭には、牛車に揺られながら平安絵巻のように十二単の祭王と御神輿が進むそうです。


風景.JPG


前回の【宮地嶽神社】の記事はこちら⇒福岡神社巡り2日目〜A【宮地嶽神社】(2010年01月07日)

宮地嶽神社(みやじだけじんじゃ)
〒811-3309 
福岡県福津市宮司元町7-1⇒[ 地図 ]
Tel : 0940-52-0016
Fax : 0940-52-1020



posted by miya at 21:00| 大分 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) |  ├ 神社・神宮(福岡県) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。