2010年1月18日参拝
さて、江田神社より続いて向かったのは、祓詞などに出てくる「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」の「小戸」の名をもつ【小戸神社】
≪主祭神≫
・伊弉諾大神(いざなぎのおほかみ)【伊邪那岐神】
≪合祀≫
・天照皇大神(あまてらすすめおほみかみ)
・大己貴大神(おほなむちのおほかみ)
・素盞鳴大神(すさのをのおほかみ)【須佐之男命】
・奇稲田姫大神(くしなだひめのおほかみ)【櫛名田比売命】
小戸神社は、江田神社より南南西に約8kmの宮崎市鶴島に鎮座しています。
「小戸(おど)」とは、今の大塚地区と下北地区との間の三角州、すなわち旧宮崎市街地全域を指した古い地名で、「筑紫の日向の橘の小戸」の地名そのままに太古伊弉諾大神が禊祓をされた「祓の神事」由縁の地であるそうです。
小戸神社は、旧称を「小戸大明神」と云い、約1900年前の第12代景行天皇(けいこうてんのう)の勅により創建されたと伝えられ、古くは大淀川河口の下別府に位置していました。
文明5年(1473年)には都於郡(とのこおり)城主・伊東祐尭(いとうすけたか)が社殿を改築するなど歴代藩主の崇敬篤く、30町もの神領を有していたと伝えられます。
また「小戸さま」として親しまれ広く御神徳が称えられましたが、永禄・天正年間の相次ぐ戦乱により宝物・旧記等を焼失、さらに寛文2年(1662年)の外所地震(とんどころじしん)による大津波により社殿が水没し、上別府の大渡の上に移転奉遷され、翌3年(1663年)上野邑(現:上野町)に遷座されました。
しかしこの後も、古社として崇拝をあつめ、享保2年(1717年)には正一位の神階を賜り、翌3年(1718年)には延岡藩主・牧野氏より新たに社地を寄進されるなど藩主の庇護を受けて、社殿が再興されました。
明治維新後「小戸神社」と改称され、橘通り拡張により、昭和8年(1933年)に御由縁深き大淀川の辺りの現社地へ遷座し現在に至るといいます。
神門より
小戸神社に到着し車から降りると、とても心地のよい風が吹いてきて穏やかな感覚がしてきました(^^)
神門からは、社殿ではなく御神木が見えます。
こんな感じで御神木があるのは、珍しいんではないでしょうか(^^)
御神木
御神木の後ろに社殿があります(^^)
拝殿
伊弉諾大神と神々さまに御挨拶(^人^)
御本殿
小戸神社と境内
向かって社殿の右側にある稲荷神社・恵比寿神社
伊弉諾大神が身禊をされた「小戸」の地に由緒深き詞である【 祓 詞 】
掛けまくも畏き伊弉諾大神
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に
御禊祓へ給ひし時に
生り坐せる祓戸の大神等
諸々の禍事罪穢有らむをば
祓へ給ひ清め給へと白す事を聞食せと
恐み恐みも白す
祓詞は奏上することによりおのずと罪穢れを祓い清める畏き詞として
現在も日本全国の神社において必ず奏上されている−由緒板より「祓詞」−
さて、続いて「宮崎神宮」へ
【小戸神社】
〒880-0014
宮崎県宮崎市鶴島3-93⇒[ 地図 ]
TEL:0985-23-6684
FAX:0985-23-6960
小戸神社ホームページ⇒http://www.odo-jinja.jp/
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