≪御祭神≫
[左殿]・櫛崎八幡大神(くしざきはちまんおほかみ)
[中殿]・豊功大明神(とよことだいみょうじん)
[右殿]・大国主大神(おほくにぬしのおほかみ)
御祭神は、応神天皇・神功皇后・比賣大神・武内宿祢・大国主神・穂田元清・毛利秀元をはじめ長府藩歴代の藩主をお祀りしています。
神話伝説の島として知られる「満珠」「干珠」の二島を展望する絶景の地に鎮座する豊功神社は、古くより「櫛崎八幡宮」の鎮座地でしたが、慶長7年(1602年)毛利秀元(もうり ひでもと)公が当地に城を構えるにあたり、毛利氏の守護神「宮崎八幡宮」を安芸国(あきのくに)【安芸高田市吉田町】より勧請して中殿に祀り、左に「櫛崎八幡宮」を遷され、右に「高良大明神」を祀って、『宮崎八幡宮』と称し、毛利光広(もうり みつひろ)公の時に『松崎八幡宮』と改称されました。
天保5年(1834年)毛利秀元の霊祠に「豊功大明神」の称号が許され、慶応2年(1866年)豊功霊神をはじめとする霊社が忌宮神社境内に創建されて「豊功社」と名づけられ 明治10年には「豊功神社」と改称されました。
さらに大正6年(1917年)6月には「松崎八幡宮」と合祀することになり、現在地に移遷されたそうです。
また、御祭神の大国主神は、昭和時代に大国社より合祀されたようです。
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