2011年03月03日

【高良大社】(福岡県久留米市)

福岡県久留米市御井町に鎮座する【高良大社】(こうらたいしゃ)

鳥居と参道階段.JPG

≪御祭神≫
 正殿:高良玉垂命(こうらたまたれのみこと) [ 筑紫國の國魂神 ]
 左殿:八幡大神(はちまんおほかみ)
 右殿:住吉大神(すみよしおほかみ)

高良大社は、JR久留米大学前より南東約2qの所にある高良山こうらさん/標高312m)の中腹に鎮座しています。
「肥前国風土記」には、第12代景行天皇が九州巡行のとき、筑紫国御井郡の高羅山(高良山)に行宮(かりみや/天皇の仮居宮)を置き、筑肥の経営を行っていたとあります。

また高良山は、別名「高牟礼山(たかむれやま)」「不濡山(ぬれせぬやま)」とも呼ばれ、もともと高木神(高御産巣日神、高牟礼神)が鎮座していましたが、そこに高良玉垂命(こうらたまたれのみこと)が一夜の宿を借りたいと申し出たので、高木神が譲ったところ、高良玉垂命は神籠石(こうごいし)を築いて結界を張り鎮座されたという伝説があります。

中門・透塀
神門.JPG



中門(神門)より
拝殿.JPG



神額.JPG 創建は第17代履中天皇元年(400年)と伝えられ、古くは
 「高良玉垂宮(こうらたまたれぐう)」と呼ばれていました。
 中世は「カハラ」、戦国末は「カウラ」と読まれていましたが、
 現在は「こうら」と読むようになったといいます。

 歴代皇室のご尊崇が厚く、嵯峨天皇の弘仁9年(816年)
 11月には名神となり、貞観11年(869年)3月従一位、
 宇多天皇の寛平9年(897年)には正一位を授与されま
 した。
 また、鎌倉時代までご造営はすべて勅裁によって行われ、
 「筑後国一の宮」「九州総社」「鎮西十一ヶ国の宗廟」と称
 えられたといいます。

 源平の争乱期には、高良山に反平家勢力が拠ったことなど
から荒廃しましたが、文治4年に後鳥羽(ごとば)法皇の命をうけた醍醐寺座主・勝賢(しょうけん)の手で復興されました。

文永・弘安の蒙古襲来(1274年・1281年)の際は蒙古調伏の祈祷を行い、叡感あって「天下の天下たるは 高良の高良たるが故なり」との論旨をたまわったと伝えられています。

その後、戦国の争乱で荒廃しましたが、江戸時代になると歴代久留米藩主の崇敬を受け、第2代・有馬忠頼(ただより)は山下の石造大鳥居、第3代・有馬頼利(よりとし)は現在の社殿、第7代・有馬頼徸(よりゆき)は中門・透塀をそれぞれ造営寄進されたといいます。
現在 石造大鳥居、社殿は国の重要文化財に指定され、また、社殿は神社建築としては九州最大の大きさを誇るそうです。


社殿・中門・透塀
社殿.JPG



御神木のクスの木
御神木 (2).JPG
福岡県天然記念物。樹齢約400年以上だそうです。

      御神木と鶏
御神木と鶏.JPG 鶏.JPG



境内に咲いていた花
hana.JPG
何という花でしょう?

教えて頂きました!お花の名前は「三椏(ミツマタ)」だそうです(^^)


高良大社にも何度か参拝させていただいていますが、昨年の2010年5月31日に参拝させていただいた時は、ちょうど「川渡祭(へこかき祭)」 の前だったようで、神門の前に「茅の輪」がありました。

高良大社・茅の輪.JPG

茅の輪は、正月から6月までの半年間の罪穢(つみけがれ)を祓う夏越大祓(なごしのおほはらへ)に使用されるもので、これをくぐることにより、罪やけがれを取り除き、心身が清らかになるようにお祈りするものです。

神代の昔、素盞鳴尊(すさのをのみこと)が旅の途中で、土民の蘇民将来(そみんしょうらい)巨旦将来(こたんしょうらい)という兄弟のところで宿を求められました。弟の巨旦将来は、裕福な暮らしをしていたのにも拘らずそれを断りました。しかし、兄の蘇民将来は貧しい暮らしをしていましたが、素盞鳴尊をお泊めして、厚いおもてなしをしました。
その後、年が経って素盞鳴尊は再び蘇民将来の家を訪れて、「若し天下に悪疫が流行した際には、ちがやを以て輪を作り、これを腰につけてをれば免れるであらう」 とお教えになりました。

この故事に基づき、「蘇民将来」と書いた紙を門にはっておくと災厄を免れるという信仰が生まれたといいます。
茅の輪も、最初は人々が腰に着ける程の小さなものでしたが、時代がたつにつれて大きくなり、鳥居や神門などにとり懸け、これをくぐって罪やけがれを取り除くようになったといいます。

唱え言葉.JPG ≪茅の輪のまわり方≫
 まず、茅の輪の前に立って軽く一礼をします。
 「唱え言葉」を唱えながら、茅の輪を左足からまたいでくぐり
 左回りにまわり茅の輪の前に戻ります。
 次に、茅の輪を右足からまたいでくぐり右回りにまわり茅の輪
 の前に戻ります。
 もう一度茅の輪を左足からまたいでくぐり左回りにまわり茅の
 輪の前に戻ります。
 最後に茅の輪を左足からまたいでくぐり御神前へ進みます。
 

≪唱え言葉≫
一、みな月のなごしの祓(はらひ)する人は千年(ちとせ)の命(いのち)のぶといふなり
二、思ふ事みなつきねとて麻の葉をきりにきりても祓ひつるかな
三、蘇民将来(そみんしょうらい)、蘇民将来、蘇民将来(繰り返し唱ふ)



社殿
社殿.JPG


国指定史跡神籠石」(こうごいし)
神籠石 (4).JPG

神籠石 (5).JPG 神籠石 (3).JPG

神籠石は、御本殿の背後から山裾まで約1500mにわたって、1300個の巨石が神域を取り囲むようにつらなっているそうです。


「高良山神籠石」案内板
史跡「高良山神籠石」案内板.JPG



神籠石碑の所にある登山道
神籠石と参道.JPG


高良大社より高良山道.JPG


高良山参道 (2).JPG


高良山登山道.JPG


木々の中を登っていくと、展望広場のような所にでます。

高良山 (1).JPG


木の机や椅子などがあり、ここからの望展は素晴らしいです✨

高良山(2).JPG 高良山より(久留米・広川).JPG


久留米市街地や大川市まで見えるでしょうか
高良山より(久留米・広川) (2).JPG



参道階段
参道階段.JPG



前回の記事はこちら⇒2009年12月26日 福岡神社巡り1日目〜D【高良大社】

高良大社(こうらたいしゃ)】
〒839-0851
福岡県久留米市御井町⇒[ Yahoo!地図 ]
TEL: 0942-43-4893
FAX: 0942-43-4936
ホームページ⇒http://www.kourataisya.or.jp/

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posted by miya at 15:56| 大分 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) |  ├ 神社・神宮(福岡県) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつも素晴らしい記事を書いて下さり
ありがとうございます。
今日、初めて高良大社へ参拝させて頂きました。

お花は「三椏(ミツマタ)」です。
既にご存知だったらすみません。
Posted by kae at 2017年04月27日 20:48
Kae様

はじめまして☆
コメントありがとうございます!
「三椏(ミツマタ)」というお花、後に知ったのですが我が家にも咲いておりました\(^^)/
教えて頂きありがとうございます🌼
またお時間がございましたら、遊びに来てくださいませ♪
Posted by miya at 2017年04月29日 22:23
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