2010年12月16日

【白鳥神社】(福岡県田川市)

福岡県田川市白鳥町に鎮座する【白鳥神社】(しらとりじんじゃ)

白鳥神社・拝殿
≪御祭神≫
 ・日本武尊(やまとたけるのみこと) 【倭建命/小碓命】[景行天皇の皇子]
 ・景行天皇(けいこうてんのう) 【大帶日子淤斯呂和氣天皇】
 ・大碓命(おおうすのみこと) [景行天皇の皇子]


夏吉の若八幡神社より南に約3kmの場所にある「田川伊田駅」より南東約400mの所の県道67号線沿いの高台に鎮座しています。

入口にある案内板によると・・・
延暦年中(782年〜806年)、伝教大師【最澄(さいちょう)】が入唐し学行を終えて帰朝の途中、海中の船路先に白鳥が飛び、ある夜大師の夢の中に白鳥が現れ「自分は日本武尊である。汝の船路を守り、身を守護するから昔 麻剥(あさはぎ)を討つために行った豊前国の高羽川の川辺に自分を齊き祀れ」と告げたといいます。
大師は帰朝後、高羽川の川辺を尋ねた所、白鳥が飛来し、伊田の里(現:田川市伊田とその付近)の真中の山に止まりました。
もともと此の地は、景行天皇(けいこうてんのう) 、日本武尊(やまとたけるのみこと)が熊襲御征伐の際に陣をしかれた霊地であったので、大師は自身が援護の本尊として崇敬していた閻普陀金(えんぶだこん/ヤンブー・ナダ産の砂金)で鋳造した一寸二分五厘(約4.15cm)の神像を安置して弘仁5年(814年)、社を建立し、日本武尊の霊を鎮め奉り、天台十八院の惣鎮守、垂迹白鳥大明神として崇め祀ったといいます。


近衛天皇の仁平年間(1151年〜1153年)鎮西八郎 源為朝(みなもとのためとも)が神祠を改修。
応永年間(1394年〜1427年)兵火に罹り、同6年大内盛見(おおうちもりみ)が再建し、明治5年(1872年)神仏分離の定めにより、成導寺(じょうどうじ)より分離し現在に至るそうです。
大師によって建立された天台十八寺院の1つ成導寺は、白鳥神社の北東側にあります。

また、平成4年10月不審火により社殿が焼失していましたが、平成9年12月に再建されました。


一の鳥居と二の鳥居                 神額
一、二ノ鳥居 神額

ちょうど三叉路の信号の所に入口があります。


二ノ鳥居
二ノ鳥居


白鳥神社(左)と貴船社(右)
白鳥神社・貴船社

階段を上がりきると、綺麗な白い砂利がひきつめられた境内に鎮座する「白鳥神社」がとても目を引きますぴかぴか(新しい)
平成9年12月に再建された社殿は、まだとても綺麗です(^^)


白鳥神社(2)


白鳥神社の右側鎮座する境内社【貴船社】
貴船社
 ≪御祭神≫
  ・高龗神(たかおかみのかみ) [峡谷の水・雪・雨を掌る神]
  ・闇龗神(くらおかみのかみ) [峡谷の水・雪・雨を掌る神]
  (「龗」の漢字は、雨かんむりの下に口を三つ、その下に龍)
貴船神社の総本宮の社記には、「呼び名は違っても同じ神なり」と記されています。


白鳥神社由来記
IMG_3680.JPG


また、白鳥神社の南東の山手は、現在は成道寺公園として整備されていて、5月初旬にはつつじが一斉に咲き、6月頃には市民ボランティアの協力により植えられた花菖蒲の花が咲くそうですかわいい


白鳥神社】:福岡県田川市白鳥町⇒[ MAPPLE地図 ]


posted by miya at 15:47| 大分 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) |  ├ 神社・神宮(福岡県) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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