2010年09月02日

【日奈久温泉神社】(熊本県八代市)

2010年1月19日参拝

さて、八代神社霊符神社の次に向ったのは、
熊本県八代市日奈久上西町の【日奈久温泉神社】(ひなぐおんせんじんじゃ)
拝殿.JPG
≪御祭神≫
 ・市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)

温泉神社は、応永16年(1409年)、この地に住む浜田六郎左衛門(はまだ ろくろうざえもん)が、父の浜田右近(はまだ うこん)の刀傷が治りますようにと安芸(あき/広島県)の厳島神社市杵島姫命に祈願したところ、神夢にて
汝、父の病患を憂い我を信ずること久し、汝の孝心に対し霊薬を授くべし。即ちこの干潟の中に平石あり。それより百歩にして奇石あり、その下こそ正しく温泉なれ。父をして一七日(ひとなのか/7日)浴せしめなば必ず平癒すべし
とのお告げがあり、六郎左衛門はお告げのとおりに夢の地形を辿ると奇石を発見、掘ってみると温泉がこんこんと湧き出しました。そして父を入浴させたところ七日間で刀傷が治ったといいます。

この温泉発見によって日奈久に人々が移り住むようになり温泉街となりました。
当時の人々はこの御神徳に感謝して、10年後に現在の温泉センター近くに市杵島姫命を御祭神とする「弁天社」を建立しましたが、天明4年(1784年)温泉街で大火災が発生し、弁天社も類焼したので仮宮を造り奉祀して、文政5年(1822年)10月15日、現在地に社殿を築き御遷座となりました。
御鎮座以来、「弁天社」と称してきましたが、明治初期の神仏分離により「湯の神社」と称するようになり、数年後に「温泉神社」と変更し現在に至っているそうです。

八代市から国道3号線にのって15kmほど南に下り、「日奈久上西町」信号を左折し、約200m進んだ所にある温泉センター「ばんぺい湯」の右手の参道を進むと温泉神社の鳥居と石段があります。

そこから登っていくと、途中に土俵広場があり、それを四方から取り囲む中世のローマを思わせるような石造りの桟敷席がありました。
参道階段と土俵.JPG

安政年間に創られたとの話ですが、ここが日本なのか中世のローマなのか・・・そんな不思議な感じが。。。ぴかぴか(新しい)
観戦席?.JPG
土俵を取り囲む桟敷は、なんと2万人も収容できるそうなので、奉納相撲をはじめイベント会場として活かされているそうです(^^)
温泉神社 (2).JPG
そして、この桟敷の間の階段を登ったところに日奈久温泉神社があります。


拝殿
温泉神社.JPG


御本殿と拝殿
御本殿・拝殿 (2).JPG


社殿右手に鎮座する「正一位稲荷大明神」・「六郎神社」・「お告げ石」
六郎神社・お告げの石.JPG


「お告げの石」
お告げの石.JPG
六郎左衛門がお告げをうけた石が祀られています(^人^)


六郎神社
六郎神社.JPG
≪御祭神≫
浜田右近命(はまだうこんのみこと)
浜田六郎左衛門命(はまだろくろうざえもんのみこと)
六郎神社
例祭日 四月二十九日

浜田右近、六郎左衛門の父子の没後、温泉発見の功績をたたえて弁天さまの随神として弁天社に合祀、弁天社(温泉神社の前の神社右)を現在の地に御遷座の時も合祀したが、明治十一年九月六郎神社を現在地の右側に建立したが貧弱であったので昭和十年七月に造営し遷座、現在にいたる。
尚、この造営工事の時、石段の大改修も行なわれた。

※御遷座・・・神様を現在のところから別のところにうつしまつること

−六郎神社由緒板より−
六郎左衛門のお墓が神社登り口右側にあるそうです。


正一位稲荷大明神
正一位稲荷大明神.JPG
≪御祭神≫
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)



境内からの見晴しは抜群かわいい
温泉神社より.JPG
すぐ下は土俵広場。
その下には本湯の温泉センターがあり、六郎温泉発見の場所だそうです。
昔は、そこまで海が迫っていたのですね(^^)

温泉発見の由来板
由緒.JPG

温泉発見の由来

菊池家の末流と自称する甲斐民部大輔重村は、宗家の菊池を衝かんと豊後路より進軍する。肥後守菊池武重は早くも牒報により重村の来襲を知り、延元3年(1338年)9月4日兵を鞍岳麓一帯(阿蘇と合志の郡境)に伏せて之を迎え撃ち甲斐軍を撃破した。
重村の部将・浜田右近はこの合戦で数多(あまた)の刀創を負い辛うじて八代の小島に辿り着き疵(きず)を養う中、付近に出漁の日奈久浦漁民と懇意となる。漁民達が次第に尊敬するところとなり協議のうえ子供達の手習師匠として迎えられる。
のち治兵衛の娘と結婚一子六郎左衛門をもうける。
 十八歳の春を迎えた六郎左衛門は父の痼疾(こしつ/持病)を憂いて、安芸の市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)に己れの一命にかえてと父の平癒を祈願すれば、満願の夜衣冠を正した女神が夢枕に現われ「汝、父の病患を憂い我を信ずること久し、汝の孝心に対し霊薬を授くべし。即ちこの干潟の中に平石あり。それより百歩にして奇石あり、その下こそ正しく温泉なれ。父をして一七日(ひとなのか)浴せしめなば必ず平癒すべし」とのお告げに六郎左衛門夢の地形を辿り奇石を発見掘り下ぐれば果して温泉がこんこんと湧き出した。悦んだ六郎左衛門は神恩を感謝しつつ父を入浴せしめたら七日間でさしもの痼疾も目出度全快した。時に應永16年(1409年)のことで、世に之を孝感泉と推頌(すいしょう)されている。

(温泉発見の由来板より)

そして参拝後、空を見上げると綺麗な日暈と幻日がぴかぴか(新しい)(^人^)
「日暈」日奈久より.JPG


さて、この後は熊本県より下り、鹿児島県さつま町に向いますダッシュ(走り出すさま)

さつま町求名の「稲富神社」へ

日奈久温泉神社(ひなぐおんせんじんんじゃ)】:熊本県八代市日奈久上西町401⇒[ 地図 ]

日奈久温泉観光案内所
〒869-5134
熊本県八代市日奈久上西町491
TEL 0965-38-0267(火曜休)




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posted by miya at 00:00| 大分 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) |  ├ 神社・神宮(熊本県) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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