2010年07月23日

【江田神社】と【御池】(宮崎県宮崎市)

さて、神社巡りの続きに戻ります(^^;)

高千穂に参拝した次の週(2010年1月18日)は、一泊二日にかけて宮崎県の宮崎市、熊本県の八代市、鹿児島県のさつま町に向かいました(^^)
帰りは死にそうになりましたけど(笑)
2010年1月18日参拝

大分県より5時間かけてまず向かったのは、宮崎県宮崎市阿波岐原町に鎮座する【江田神社

江田神社(1).JPG

≪御祭神≫
 ・伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
≪配祀≫
 ・伊邪那美命(いざなみのみこと)
 (安徳天皇壽永2年正月配祀)

江田神社は、太古の創建と伝えられ、その創立の年代はわかりませんが、この地一帯は、古事記、日本書紀、祝詞で記される「筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原」と古来より伝えられ、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉つ国より帰還され、禊祓をおこなった霊跡とされる縁起最も深い社とされます。
そして、畏くも天照皇大神(あまてらすすめおほみかみ)を始め、月読命(つくよみのみこと)須佐之男命(すさのをのみこと)住吉三神(すみよしみはしらのかみ)などたくさんの神々が禊祓によりお生まれになった上代における「中瀬(なかつせ)」と伝えられる靈域の地「御池」が北東約350mのところにあります。

この付近はかつては入江でしたが、後に開墾されて「江田」と称されるようになり、これが、江田神社の社号になったようです。
また、近郷近在の方々からは「産母(やぼ)さま」とも呼ばれ親しまれているそうです(^^)

二番目の鳥居
江田神社・鳥居.JPG
2010.10.26撮影(鳥居が新しくなっていました)


参道途中にある御神木
御神木.JPG


江田神社には、今回で二度目。
一度目は、去年の旧正月に高千穂の神々に御礼参りに行ったあとにそのまま南下し、都農神社、都萬神社、そして江田神社に向かったので、到着したときにはすでに薄暗い中での参拝になってしまったので、次の日の朝もう一度参拝した記憶があります(^^)

拝殿
江田神社.JPG


江田神社の創祀は不明ですが、『続日本後紀』によると、承和4年(837年)8月朔日に都濃神・妻神・霧島岑神とともに「江田神」として官社に列せられており、平安期には既に創建されていたことがわかります。
また、『延喜式神名帳』宮崎郡条でも「江田神社」として日向国式内4座の1つとなっていて、天禄元年(970年)までには神階が最高位の正一位まで進むなど、古くから朝廷の崇敬を受けていたようです。
しかし、寛文2年9月20日(1662年10月31日)の外所地震(とんどころじしん)による大津波によって受けた壊滅的な被害により社勢が衰え、そのため後西院天皇寛文年間の神社制度変革によって一村落の産土神の扱いとなってしまったそうです。

その後、明治維新に際し、明治6年5月25日に社格県社に列せられ、明治40年2月9日神饌幣帛料共進を指定されて今に至るそうです。

御本殿
御本殿 (2).JPG


境内由緒板
江田神社 由緒板.JPG


御本殿の裏手の右側には、伊邪那岐命が禊祓いをされた時、天照皇大神須佐之男命月讀命住吉三神などたくさんの神々が御生まれになった靈域の地と伝えられる(上代における「中瀬」と称される)みそぎ池【御池】に通じる参道があります(^^)
が、今回は社殿手前左に「御池」への近道がありますのでこちらから向かいます(^^)


御池へと通じる参道(遊歩道)
086.JPG

御池の周りは阿波岐原森林公園「市民の森」にもなっていて、遊歩道が整備されています。
分かれ道がたくさんあるので迷いそうになりますが、所々にある案内板にしたがっていけば着きます(^^)

参道 (3).JPG


            御池碑
御池碑.JPG −石碑碑文より(一部)−
 御池(みそぎが池)
古来より、この池は竺紫日向橘小門之阿波岐原と呼ばれ、伊耶那伎大神が禊祓されたと伝えられています。
我が国最古の歴史書である古事記には、伊耶那伎大神が禊祓をされ、天照大御神をはじめ多くの神々が誕生されたと記されています。

 是以伊邪那伎大神  到坐竺紫日向
 橘小門之阿波岐原而 禊祓也

 於是洗左御目時所成神 名天照大御神
 次洗右御目時所成神 名月讀命
 次洗御鼻時所成神 名建速須佐之男命




神世七代の第七代の男女神である伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)の二柱は、『このただよっている国を整え固めて完成させよ。』という高天原の諸天神から命じられた神勅により、日本の島々(国土)を生み、さらに、海の神・川の神・水の神・風の神・木の神・山の神・野の神・土の神などのたくさんの自然の神々をお生みになりました。
そして最後に火の神である迦具土神(かぐつちのかみ)を生んだ伊邪那美命は、やけどを負って死んでしまいます。

これを嘆いた伊邪那岐命は、妻の伊邪那美命を黄泉(よみ)の国まで追っていきますが、そこで伊邪那美命の変わり果てた姿を見て慌てて逃げ出されます。
そして「私は、嫌な見るも穢らわしい国に往ってしまった。だから私は身体を禊祓いしよう」と言って、伊邪那美命を追って黄泉国に行ったことによる穢れを祓おうと、竺紫の日向の橘の小門阿波岐原に到着して、その場所で身につけていた物を脱ぎ捨てます。

そして「上瀬(かみつせ)は流れが速い。下瀬(しもつせ)は流れが弱い」といって、初めて中瀬(なかつせ)といわれる、この場所で「みそぎ」をされたといいます。

御池】(みそぎ池)
御池-.JPG


『是(ここ)を以(もち)て、伊耶那伎大神(いざなぎのおほかみ)の詔(の)らししく、「吾(あ)は、いなしこしめき穢國(きたなきくに)に到りてありけり。故(かれ)、吾(あ)は御身(みみ)の禊(みそぎ)(せ)む」とのらして、竺紫日向之橘小門之阿波岐原(つくしのひむかのたちばなのをどのあはぎはら)に到り坐(ま)して、禊祓したまひき。
(かれ)、投げ棄(う)つる御杖(みつゑ)に成りませる神の名は、衝立船戸神(つきたつふなとのかみ)
次に、投げ棄つる御帶(みおび)に成りませる神の名は、道之乳齒神(みちのながちはのかみ)
次に、投げ棄つる御嚢(みふくろ)に成りませる神の名は、時量師神(ときはかしのかみ)
次に、投げ棄つる御衣(みけし)に成りませる神の名は、和豆良比能宇斯神(わづらひのうしのかみ)
次に、投げ棄つる御褌(みはかま)に成りませる神の名は、道俣神(ちまたのかみ)
次に、投げ棄つる御冠(みかがふり)に成りませる神の名は、飽咋之宇斯神(あきぐひのうしのかみ)
次に、投げ棄つる左の御手(みて)の手纏(たまき)に成りませる神の名は、奧疎神(おきざかるのかみ)。次に、奧津那藝佐毘古神(おきつなぎさびこのかみ)。次に、奧津甲斐辨羅神(おきつかひべらのかみ)
次に、投げ棄つる右の御手(みて)の手纏(たまき)に成りませる神の名は、邊疎神(へざかるのかみ)。次に、邊津那藝佐毘古神(へつなぎさびこのかみ)。次に、邊津甲斐辨羅神(へつかひべらのかみ)

右の件(くだり)の船戸神(ふなとのかみ)より下(しも)、邊津甲斐辨羅神(へつかひべらのかみ)より前(さき)の十二(とをあまりふたはしら)の神は、身に著(つ)けたる物を脱きたまふに因(より)て生(あ)れませる神ぞ。

(ここ)に詔(の)らししく、「上瀬(かみつせ)は瀬(せ)速し。下瀬(しもつせ)は瀬(せ)弱し」とのらして、初(はじ)めて中瀬(なかつせ)に堕(お)ちかづきて滌(すす)きたまふ時に成りませる神の名は、八十禍津日神(やそまがつひのかみ)。次に大禍津日神(おほまがつひのかみ)
此の二(ふたはしら)の神は、其(そ)の穢繁國(けがれしげきくに)に到りましし時に、汚垢(けがれ)に因(より)て成りましし神ぞ。

次に、其の禍(まが)を直さむと爲(し)て成りませる神の名は、神直毘神(かむなほびのかみ)
次に、大直毘神(おほなほびのかみ)
次に、伊豆能賣(いづのめ)【并(あは)せて三(みはしら)の神ぞ。】

次に水底に滌(すす)きたまふ時に成りませる神の名は、底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)
次に、底箇之男命(そこつつのをのみこと)
中に滌きたまふ時に成りませる神の名は、中津綿津見神(なかつわたつみのかみ)
次に、中箇之男命(なかつつのをのみこと)
水上に滌きたまふ時に成りませる神の名は、上津綿津見神(うはつわたつみのかみ)
次に、上箇之男命(うはつつのをのみこと)

此の三柱(みはしら)の綿津見神(わたつみのかみ)は、阿曇連(あづみのむらじ)らが祖神(おやがみ)と以(もち)いつく神ぞ。故(かれ)、阿曇連(あづみのむらじ)らは、其(そ)の綿津見神(わたつみのかみ)の子、宇都志金析命(うつしかなさくのみこと)の子孫(すゑ)ぞ。
(そ)の底箇之男命(そこつつのをのみこと)・中箇之男命(なかつつのをのみこと)・上箇之男命(うはつつのをのみこと)墨江之三前大神(すみのえのみまへのおほかみ)ぞ。

(ここ)に、左の御目(みめ)を洗ひたまふ時に成りませる神の名は、天照大御神(あまてらすおほみかみ)
次に、右の御目(みめ)を洗ひたまふ時に成りませる神の名は、月讀命(つくよみのみこと)
次に、御鼻(みはな)を洗ひたまふ時に成りませる神の名は、建速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)

右の件(くだり)の八十禍津日神(やそまがつひのかみ)より下(しも)、速須佐之男命(はやすさのをのみこと)より前(さき)の十四柱(とをあまりよはしら)の神は、御身(みみ)を滌(すす)きたまふによりて生(あ)れませるぞ。』

−『古事記』−書き下し文

禊池.JPG


この後は「小戸神社」へかわいい

・・・の前に、江田神社の御本殿右奥にある鳥居からも御池へと向かうことができますので、そちらから向かうと途中には「みそぎ御殿」があります。せっかくなのでそちらもアップしたいと思います(^^)

江田神社】:宮崎県宮崎市阿波岐原町字産母127⇒[ Yahoo!地図 ]

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posted by miya at 00:00| 大分 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) |  ├ 神社・神宮(宮崎県) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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