2009年09月03日

【闇無濱神社】(大分県中津市)

大分県中津市に鎮座する【闇無濱神社】(くらなしはまじんじゃ)

闇無濱神社.JPG

≪御祭神≫
【豐日別宮】(本殿中央・本社)
 [中之御殿座]
  ・豐日別國魂神(とよひわけくにたまのかみ) [豐國の國魂]
  ・瀬織津媛神(せおりつひめのかみ) [大日孁貴(おほひるめのむち)の荒魂]
 [豐日別荒魂宮]
  ・底津海津見神(そこつわたつみのかみ)
  ・中津海津見神(なかつわたつみのかみ)
  ・表津海津見神(うはつわたつみのかみ)
 [右之御殿座]
  ・武甕槌神(たけみかづちのかみ)
  ・經津主神(ふつぬしのかみ)
 [左之御殿座]
  ・天兒屋根神(あめのこやねのかみ)
  ・別雷神(わけいかづちのかみ)

【祗園八坂社】(向かって左社殿)
  ・速素佐乃男命(はやすさのをのみこと)
  ・櫛名田比賣神(くしなだひめのかみ)
 《配祀》
  ・天忍穗耳神(あめのおしほみみのかみ)
  ・天穗日神(あめのほひのかみ)
  ・天津日子根神(あまつひこねのかみ)
  ・活津日子根神(いきつひこねのかみ)
  ・熊野樟日神(くまのくすひのかみ)
  ・多紀理姫神(たぎりひめのかみ)
  ・狹依姫神(さよりひめのかみ)
  ・多岐津姫神(たくつひめのかみ)

【住吉社】(向かって右社殿)
  ・底筒男神(そこつつのをのかみ)
  ・中筒男神(なかつつのをのかみ)
  ・表筒男神(うはつつのをのかみ)
  ・安曇磯良(あずみのいそら)



第10代 崇神天皇の御代(紀元前97〜紀元前30年)に豐日別國魂神瀬織津媛神の二神を鎮祭したのがはじまりだそうです。

古くは「豐日別宮(とよひわけのみや)、「豐日別國魂神社(とよひわけくにたまじんじゃ)、また「龍王宮(りゅうおうぐう)と称され、現在地より南の「中の御崎」(なかのみさき)の丸山に鎮座していましたが、建武元年(1334年)3月、「丸山城」(現:中津城址)の中になり、参詣の不便さから、神卜(占い)によって建武元年5月4日、「下正路之御崎」(現在地の闇無濱)に遷宮され、明治5年に「闇無濱神社」に改称されました。


この闇無濱神社をはじめて知ったのが2006年頃。

豊國(現:大分県、福岡県の一部)の國魂の神様が祀られていると聞き、この豊國の地に住まわせていただいてるお礼を伝えに行かなくては・・・!と、地図で探しながら行ったのが最初です。

その豊國の國魂の神とは、豐日別國魂神(とよひわけくにたまのかみ)のこと。
「古事記」には、
次生、筑紫嶋。此嶋亦身一而有面四。毎面有名。故筑紫國謂白日別。豐國謂豐日別。肥國謂建日向日豐久士比泥別。自久至泥以音。熊曾國謂建日別。
〜次に筑紫嶋を生みたまひき。此(こ)の嶋も身一つにして面(おも)四つあり。面(おも)ごとに名あり。故(かれ)、筑紫國(つくしのくに)を白日別(しらひわけ)と謂(い)ひ、豐國(とよくに)豐日別(とよひわけ)と謂ひ、肥國(ひのくに)を建日向日豐久士比泥別(たけひむかひとよくじひねわけ)と謂ひ、熊曾國(くまそのくに)を建日別(たけひわけ)と謂ふ。〜
とあり、豐日別國魂神は『豐國』(豐前國・豐後國)そのものの國の魂(土地・産土)の神さまになります。

そして、瀬織津媛神(せおりつひめのかみ)は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が竺紫の日向の橘の小戸の檍原に禊祓をされた時、左の眼を洗ったことによって成りました太陽の神の大日孁貴おほひるめのむち/天照大神)の荒魂(あらみたま/活動的で盛んな魂)で、「祓戸大神」(はらへどのおほかみ)のうちの1柱の神です。
「大祓詞」(おほはらへことば)の中には、
・・・高山乃末(たかやまのすゑ)短山乃末與里(ひきやまのすゑより)佐久那太理爾落多岐都(さくなだりにおちたぎつ)速川乃P爾坐須(はやかはのせにます)P織津比賣登云布神(せおりつひめといふかみ)大海原爾持出傳奈牟(おほうなばらにもちいでなむ)・・・とあり、高い山や低い山の末から湧き流れる水の、たぎり落ちる流れの速い川の瀬にいらっしゃって、罪・穢れを海へと持ち出す神さまです。


最初にここ訪れた時の清々しい心地よさは今でも忘れません。
鳥居をくぐり、松の参道を抜けた瞬間からなんともいえない優しい風が吹き、私のマイナスの気を取り払うかのように頬を撫でていきました。
砂がキラキラと輝きまるで浜辺のよう・・・と思っていたら、昔は神社の下まで白波が寄せていたそうですぴかぴか(新しい)



闇無濱神社の最初の鳥居
闇無濱神社 鳥居.JPG
2010.9.21撮影


左が「闇無濱神社」、右側は「神楽殿」
闇無濱神社(2).JPG
2010.9.21撮影


闇無濱神社と境内
闇無濱神社 (2).JPG 境内.JPG
2010.10.15撮影


祇園八坂社の御本殿(左前)・豐日別宮の御本殿(右奥)
御本殿.JPG
2010.5.16撮影


豊日別宮と祇園八坂宮の間の後方には、神霊垂迹(この世に姿を現わす)といわれる【霊烏石(れいうせき)】(瀬織津姫神が白い烏の姿で降りてきたという神聖な石)があるそうです。


境内の左側には、恵比寿社、金刀比羅社、稲荷社が祀られています。


惠比須社】(境内社)
蛭子社.JPG
2010.9.21撮影
 ≪御祭神≫
  ・八重事代主神(やゑことしろぬしのかみ)
 《合祀》
 [御祖社]
  ・天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
  ・高御産巣日神(たかみむすひのかみ)
  ・神産巣日神(かむむすひのかみ)
 [厳島社]
  ・市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)


金刀比羅社】(境内社)
金刀比羅社.JPG
2010.9.21撮影
 ≪御祭神≫
  ・大物主神(おほものぬしのかみ)


稲荷社】(境内社)
稲荷社.JPG
2010.9.21撮影
 ≪御祭神≫
  ・宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)





参道の途中には小さな池があり鯉が気持ち良さそうに泳いでいます(^^)
その近くにある万葉歌碑。


万葉歌碑                 案内板
闇無濱神社・万葉歌碑.JPG 闇無濱神社・万葉歌碑案内板.JPG

池の周りに生えていたススキぴかぴか(新しい)
IMG_0160.JPG




すぐ近くを流れる中津川沿いの住宅地の中に、住吉大神が顕現されたと伝わる「住吉神垂迹之地」もあります。

住吉神垂迹之地.JPG 中津川.JPG



闇無濱神社由緒板
image/2009-09-02T20:58:124

【闇無濱神社】:大分県中津市大字竜王447



ラベル:大分県 神社
posted by miya at 16:14| 大分 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) |  ├ 神社・神宮(大分県) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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