2011年11月28日

【泉神社】(大分県宇佐市)

大分県宇佐市辛島に鎮座する【泉神社】(いづみじんじゃ)

社殿.JPG
≪御祭神≫
 ・應神天皇(おうじんてんのう)【八幡大神】
 ・仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)
 ・神功皇后(じんぐうこうごう)
 ・仁徳天皇(にんとくてんのう)
 他柱

宇佐神宮の境外摂社を『八箇社』(田笛社鷹居瀬社【鷹居社・郡瀬社】、大根川社、酒井泉社、乙梼ミ妻垣社小山田社)と呼び、その一社。
また、宇佐神宮行幸八ヶ社(同上)のひとつでもあり、6年に一度、神輿が巡幸していました。

天平神護元年(765年)閏10月8日の八幡大神の神託によると、豐前國宇佐郡の菱形山【大尾山(また御許山)、小倉山、宮山の総称】の北西の角(現:酒井)に大きな泉があり、八幡大神が御修行の昔、その場所にいらっしゃって口・手・足を洗われたといいます。
その時、豐前國の神の神奈志津比(かむなしつひめ)が酒を八幡大神に奉仕されたので、今、その場所を『酒井(さかゐ)といいます。
伝承によると、神奈志津比唐ェ酒を八幡大神に奉仕された時、御指で地面を窪め、残り酒を傾けた所、水が湧き出し泉になったといいます。これが現在、酒井泉社の左手にある『酒井泉』(さかゐのいづみ)です。
大化4年(649年)この場所に社殿を建立し、辛島勝乙唐ノより宇佐大神が勧請されました。
この「宇佐大神」は、宇佐地方で古くから信仰されている比賣大神(三女神)か豐前國を持つ神奈志津比当スか・・・どの神がお祀りされたのかは不明ですが、さらに後の世に應神天皇・仲哀天皇・神功皇后・仁徳天皇が勧請されました。

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posted by miya at 19:27| 大分 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) |  ├ 神社・神宮(大分県) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

用作公園(大分県豊後大野市)

みなさまこんにちは(^^)

秋といえば、紅葉狩りるんるん
今年は、安芸の宮島に紅葉を見に行く予定でしたが、仕事の都合で行けなくなってしまったので、大分の紅葉名所のひとつ、豊後大野市の「用作公園」(ゆうじゃくこうえん)に、四日前(11月25日)に行ってきましたぴかぴか(新しい)

何年か前に初めて来たときは、あまりの彩りの美しい光景に魅入られてしまい、その後2、3度訪れさせていただきましたが、今年は天候のせいか、綺麗に色づく前に枯れて落ちてしまう葉が多かったようで、例年の色鮮やかさが少なかったのが残念でした(^^)

心字池
用作公園.JPG


でも第三駐車場につながっている東入口のほうに登って行くと、まだ鮮やかに色づいたカエデを見ることができましたよ(^^)

用作公園B.JPG

用作公園@.JPG 用作公園A.JPG


しかし、なんで「紅葉狩り」っていうの??

紅葉を狩ったらいけないじゃんっ!

ってみなさんは思っていませんでしたか?

私は今まで真面目に思っていました(^^;)

そこでブログに書くにあたり、ちょこっと調べてみたところ、『 紅葉狩り 』という言葉は、「万葉集」「源氏物語」などにも出てくるそうで、1200年以上前の奈良時代にすでに存在していたそうです。
もともと「狩り」という言葉は、けものを捕まえる狭い意味で使われていたんですが、それが野鳥・ウサギなどの小動物に広がり、果物などを採る意味(いちご狩り、梨狩り、ブドウ狩り、キノコ狩り)にも使われるようになり、やがて「狩り」は、草花を手の取り眺めたりすることにも使われ、「紅葉狩り」と言うようになったそうです。
あと、狩猟をしない貴族があらわれ、自然を愛でることを狩りに例えたという説もあるそうですよ。


・・・と話がずれてしまったので、戻しまして、この「用作公園」、一度目(2007年)に訪れた時は、本当に目を奪われてしまったほど、真っ赤な絨毯に黄色の絨毯、踏んでもいいの?っていうくらい、鮮やかな道、上を見ても下を見ても、ため息しかでてこないほど美しさに魅了されましたぴかぴか(新しい)
大分県内の紅葉の名所はあちこち訪れましたが、やっぱり用作公園が一番!と母がいうほど、本当に紅葉が美しい所ですぴかぴか(新しい)(今年は残念でしたが・・・)

そして二度目(2008年)に訪れた時は、少し遅かったようで、散った葉も色あせていて、色鮮やかな絨毯が見れず残念でしたが、それでも鮮やかに彩るカエデが綺麗でしたぴかぴか(新しい)
その時の写真が残ってましたので、一緒に載せておきます(^^)

用作公園A2008.11.JPG
2008.11.18

心字池
用作公園2008.11.JPG


用作公園B2008.11.JPG


 「用作(ゆうじゃく)」という地名は、鎌倉期に大伴能直の八男能郷が志賀姓を名乗り、隣接地背子(せご)に地頭屋敷を構え、その所有する用作田(ようさくでん)がなまって伝わったものです。 文禄三年(1594年)中川秀成が岡藩主として入府し、岡藩が統治することになりました。寛文四年(1664年)藩主中川久清より岡藩第一家老中川平右衛門に参勤交代道に当たる重要な当地を与え、別荘地としました。

中川平右衛門はこの地に書院造の屋敷を構え、全山楓(かえで)と松を植え、心字池、丹字池を造り、さらには射撃場を作り洋風訓練の場としました。 また岡城の表玄関として文人墨客の来訪も多くなり南画家「田能村竹田(たのむらちくでん)」や儒学者「頼山陽(らいさんよう)」も訪れ岡藩の御客屋としての役割も果たしました。現在は町所有として、保存と活用に努めています。                         朝地町
(案内板より)

 【用作公園
〒879-6213 大分県豊後大野市朝地町朝地町上尾塚‎⇒[ Googleマップ ]
TEL:0974-72-1111(朝地町企画商工観光課)
posted by miya at 16:18| 大分 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 紅葉の名所(大分県) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月27日

久しぶりの「日暈」

今日の朝、薄い雲から透けるように覗く太陽の周りに、うっすらと虹色に彩る「日暈」が現れているのを久しぶりに発見しましたぴかぴか(新しい)

日暈.JPG
2011.11.27 10:33

日暈 (2).JPG

ありがとうございます(^人^)

さてさて、今週の始めのお休みの日は、福岡のほうに行っていましたが、空には、美しく立ち上る雲・鱗雲・絹雲・天つ階段などなど本当に素晴らしい雲が広がって、元気をたくさんいただきました(^^)

そして夕方、久留米にほうに向かってる途中で、太陽の左手に虹色に輝く色鮮やかな「幻日」が現れはじめ、さらに沈む太陽から黄金に輝く「太陽柱」が現れているのを発見したのですぴかぴか(新しい)
オレンジに輝く夕焼けと相まって本当に美しい光景でしたぴかぴか(新しい)

それなのに私ときたら助手席に乗っていたのにもかかわらず、珍しく写真を撮ることもせず、その光景をただ見つめていただけでした。

・・・というか、食べかけのお弁当を片手に、携帯の助手席ナビで道案内をしていたからカメラを構えることができなかったんです〜(T▽T;)泣

(私としたことが・・・!!)

でもそのおかげでカメラに気をとられることなく、じっくりとその光景を見て感じることができましたぴかぴか(新しい)

ありがとうございます(^人^)
ラベル:日暈
posted by miya at 23:00| 大分 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日暈(日輪) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月19日

【乙盗_社】(大分県宇佐市)

大分県宇佐市下乙女に鎮座する【乙盗_社】(おとめじんじゃ)

乙女神社 (3).JPG

≪御祭神≫
 ・仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)
 ・神功皇后(じんぐうこうごう)
 ・應神天皇(おうじんてんおう)
 ・比賣大神(三女神)
  ┗多紀理毘賣命(たきりびめのみこと) 
  ┗市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)
  ┗多岐都比賣命(たきつひめのみこと)
 ・仁徳天皇(にんとくてんのう)
 ・日本武尊(やまとたけるのみこと)
 ・天兒屋根命(あめのこやねのみこと)
 ・別雷命(わけいかづちのみこと)

宇佐神宮の境外摂社を『八箇社』(田笛社鷹居瀬社【鷹居社・郡瀬社】、大根川社酒井泉社、乙梼ミ、妻垣社小山田社)と呼び、その一社。
また、宇佐神宮行幸八ヶ社(同上)のひとつでもあり、6年に一度、神輿が巡幸していました。

元明天皇和銅3年(710年)、現位置である古墳上に宮柱を鎮め、神籬を設けて仲哀天皇、神功皇后、應神天皇の御三柱の御神霊を奉祀したのがはじまりだといいます。
また、年代は定かではありませんが、比賣大神外御四柱の御神霊はその後に合わせまつられたそうです。
古くは「乙比梼ミ」「乙灯ェ幡宮」「乙梼ミ」などと称されていましたが、明治4年に「乙盗_社」と号するようになりました。

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posted by miya at 13:47| 大分 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) |  ├ 神社・神宮(大分県) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月12日

【鷹居瀬社】(大分県宇佐市)

大分県宇佐市を流れる駅館川(やっかんがわ)の両岸に鎮座する【鷹居瀬社】(たかゐせやしろ)

宇佐神宮の最初の鎮座地で、宇佐神宮の境外摂社の『八箇社』(田笛社、鷹居瀬社【鷹居社・郡瀬社】、大根川社酒井泉社乙梼ミ妻垣社小山田社)のひとつ。
また、宇佐神宮行幸八ヶ社(同上)のひとつでもあり、6年に一度、神輿が巡幸していました。

鷹居瀬社は、駅館川の北東岸に鎮座する「鷹居社」(鷹居神社)と南西岸に鎮座する「郡瀬社」(郡瀬神社)のことで、八幡大神が御遊化の昔に、鷹の姿で瀬を渡り東岸の「鷹居」の松にいて、空を飛んで西岸の「郡P」の地面におりたので、この2つの御神域をあわせて「鷹居瀬社(たかゐせやしろ)といいました。
次 鷹居 豐前國宇佐郡 同時神託
其至鷹居 云々
次 郡P 云々
其至郡P 云々
此兩所者 有宇佐郡大河 化鷹渡P居東岸之松 又飛空遊西岸之地 故云鷹居P社 斯鷹是大御神之變也 大神比義祀祈顯之 立祠致祭也

〜次 鷹居(たかゐ)。豐前國宇佐郡。同じ時の神託。
「それより鷹居に至る。」云々。
次 郡P(こうのせ)。云々。
「それより郡Pに至る。」云々。
この兩所(ふたところ)は、宇佐郡(うさのこほり)の大河(おほかは)にあり。鷹(たか)に代(かは)りP(せ)を渡(わた)り東(ひむかし)の岸(きし)の松(まつ)に居(ゐま)しき。また空(そら)を飛(と)び西(にし)(きし)の地(つち)に遊(あそば)す。故(ゆゑ)に鷹居P社(たかゐせやしろ)と云(い)ふ。この鷹(たか)は、これ大御神(おほみかみ)の變(かはり)なり。大神比義(おほがのひぎ)、祈(いの)り奉(まつ)りこれを顯(あらは)す。祠(ほこら)を立て、祭(まつり)を致(いた)すなり。〜

〜『八幡宇佐宮御託宣集』日本國御遊化部〜

北東岸に鎮座する【鷹居社】(鷹居神社)
鷹居神社.JPG

鷹居神社 (3).JPG 鷹の像.JPG
≪御祭神≫
 ・八幡大神(やはたおほかみ/はちまんおほかみ)【應神天皇】

鷹居社】(鷹居神社):大分県宇佐市大字上田字鷹居⇒[ yahoo!地図 ]



南西に鎮座する【郡瀬社】(郡瀬神社)
社殿 (2).JPG

拝殿.JPG 本殿.JPG
≪御祭神≫
 ・應神天皇(おうじんてんのう) 【八幡大神】
 ・仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)
 ・神功皇后(じんぐうこうごう)
≪配祭≫
 ・田心姫神(たごりひめのかみ)
 ・湍津姫神(たぎつひめのかみ)
 ・市杵嶋姫神(いちきしまひめのかみ)
 ・大宮比盗_(おほみやめのかみ)

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posted by miya at 00:05| 大分 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) |  ├ 神社・神宮(大分県) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月03日

朝の「幻日」

一昨日、久しぶりに朝から「幻日」を見ることができましたぴかぴか(新しい)

幻日.JPG
太陽から少し離れた左のほうに現れてる虹色の光です(^^)

幻日 (2).JPG
2011.11.01 7:32

ありがとうございます(^人^)

最近は、仕事が昼過ぎから夜にかけての仕事になったので、なかなか夕方の美しい夕日などの空を見ることができなくて、ちょっぴり(いえ、かなり)悲しい私です。
自分で選んだので仕方ありませけどね(^^;)
ラベル:幻日
posted by miya at 12:03| 大分 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 幻日・幻日環・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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